こんにちは閑話猿です。
今年は熊楠関連本が数多く出版されている印象があります。そのなかで、5月13日に発売された岩井圭也『われは熊楠』(文藝春秋)は、熊楠の生涯をテーマにした小説です。作者の岩井さんは、当館や南方熊楠顕彰館の資料も参考にされています。
熊楠の生涯を小説にしたのは、過去には神坂次郎『縛られた巨人-南方熊楠の生涯-』(1991年 新潮社)があります。その他には漫画で木しげる『猫楠』(1996年 KADOKAWA)、内田春菊『クマグスのミナカテラ』(1998年 新潮社)があります。
『われは熊楠』では、熊楠が少年期に知り合った羽山繁太郎、蕃次郎の兄弟が熊楠の精神面の描写で頻繁に登場しており、この兄弟に対する熊楠の想いや執着が強調されているように感じました。
また、対比として面白いのは熊楠の一人称です。『われは熊楠』で熊楠は「我(あが)」と和歌山弁を使っています。そして松居竜五『熊楠さん、世界を歩く。──冒険と学問のマンダラへ』(2024年 岩波書店)では「ボク」と標準語になっています。『われは熊楠』は熊楠のキャラクターを強調した小説で、『熊楠さん、世界を歩く。』は熊楠の思考を万人に伝わるようにした評伝での表現方法の違いなのですが、ともに読み比べると面白いと思います。
個人的には、『われは熊楠』の第5章「風雪」で昭和4年のご進講が決まった際に、熊楠が興奮し手足を動かしながら客人に話をするシーンが、まさに岡茂雄のことであり、岡の『本屋風情』でも同じように回想されているため、「この客人は名前が書かれていないが、岡茂雄だ」と思いました。
こうした小説から熊楠に興味を持たれたら、熊楠が半生を過ごしたこの紀南の地で風を感じることをオススメします。