第5コーナー 民俗学者として
民俗学者としての熊楠
 隠花植物の採集や粘菌の研究に力を入れる一方で、1909年(明治42)ごろから、たくさんの書物を次々と借りて筆写した。それらが『田辺抜書』として61冊にのぼっている。熊楠はかねてから、「読むというのは写すこと、単に読んだだけでは忘れるが、写したら忘れない」を信条とし、法輪寺(ほうりんじ)所蔵の『大蔵経(だいぞうきょう)』の「抜き書き」をたいへんな精力を費し3年かけ完成させた。
 帰国後しばらくしてから、日本の専門雑誌や新聞にも投稿するようになり、1904(明治37)からは『東洋学芸雑誌』などにも精力的に寄稿するようになった。
 熊楠の論文は文字通り博引旁証(はくいんぼうしょう)で、いろんな文献を引用するのが特色であるが、同時に見聞による民俗資料も取り入れられている。熊楠は、何でもないような話でも、念を入れて聞いており、散髪屋や風呂屋などでの雑談や、山人や漁師などの話してくれたことが、論文を書く時の資料にもなったのである。
熊楠の民俗学には、和漢洋の学識が駆使され、世界的な比較が行われている。

神社合祀反対運動
1906年(明治39)の終り頃から全国に励行され始めた神社合祀運動に対して、熊楠は精力的に反対運動を行った。自然保護に対しても大変熱心な活動を続けたのである。
 東京大学教授で植物の権威、松村任三(じんぞう)に、国・県の神社合祀のやり方をきびしく批判した長文の手紙を寄せ、民俗学者の柳田國男が『南方二書』としてそれを印刷し、関係者に配布して熊楠の運動を助けた。
 熊楠のひたむきな情熱が世論を動かし、約10年後の1920年(大正9年)、貴族院で「神社合祀無益」と決議され終息した。
 熊楠の天然自然保護の為の社会的な運動はこの後も晩年まで続き、熊楠が今日、エコロジ−の先駆者といわれる所以である。

 この頃、熊楠が今まで新聞や雑誌に発表してきた自然科学的な論文や「神社合祀問題」などの論考から、民俗学に関する論文を、当時を代表する総合雑誌や専門雑誌に堰を切った怒濤のごとく発表した。

上京
1922年(大正11)3月、南方植物研究所を設立する為の資金集めをしに上京し、毎日のように募金活動を行ったが、様々な人からの協力にも関わらず、予定の金額を集めるまでには至らなかった。帰郷後も募金活動を続ける中で、矢吹義夫(日本郵船大阪支店副長)に基金協力依頼をした際、熊楠の履歴を求められたのに対し、巻紙に細字の、長さ7メートル70センチ余にも及ぶ長大な「履歴書」を書き上げた。 履歴の内容の豊富さ、学識の豊かさなど、熊楠を知るうえにも極めて重要な自筆資料である。

しかし、予定通りに事は進まず生活に困る状況となった。
 このようなこともあり、1926年(大正15)に、熊楠の著書、『南方閑話』、『南方随筆』、『続南方随筆』の3冊が刊行された。それぞれは、各誌に発表した論文の集録であるが、熊楠の博識が改めて世人に伝わり、人々を驚かせることとなった。
熊楠直筆「猫が鼠を捕るところ」猫の画(直筆)
年 次 西暦 年齢 時代 事    項 参考事項 
34 1901 34


孫文和歌山市来訪再会  
      那智勝浦にて生物調査と採集を行う  
      土宜法竜との書簡の中で「南方曼陀羅」を展開  
37 1904 37 熊野古道を那智より田辺に入る 日露戦争開始
明治 38 1905 38





ディキンズとの共訳『方丈記』を発表  
39 1906 39 田村松枝と結婚  
40 1907 40 神社合祀反対自然保護運動起こす  
44 1911 44 大蔵経の抄写索引を作り始める  
      柳田國男との文通始まる  
大正45 1912 45 『日本及日本人』に神社合祀反対意見発表  
2 1913 46 『郷土研究』『民俗』に寄稿  
3 1914 47 『太陽』に「虎に関する民俗と伝説」を発表(十二支考)  
4 1915 48 スウィングル博士来訪 神島に渡る (米国への招きを断る) 第一次世界大戦始まる
5 1916 49 『太陽』『郷土研究』『人類学芸雑誌』『考古学雑誌』に寄稿続ける      
6 1917 50 自宅の柿の木で粘菌新属新種「ミナカテルラ・ロンギフィラ」を発見  
9 1920 53 高野山へ菌類採集 土宜法竜高野山管長と再会  
10 1921 54 「南方植物研究所」設立趣意書成り上京活動する 大正12年9月1日
関東大震災
14 1925 58 矢吹義夫宛長文の履歴書を作成
15 1926 59 『南方閑話』『南方随筆』『続・南方随筆』刊  
昭和  3 1928 61 和歌山県内 川又、妹尾国有林で菌類図録   
4 1929 62 6月1日「神島」にて昭和天皇をお迎えし、お召艦長門でご進講、キャラメル箱にて粘菌110種等進献 昭和6年
満州事変起こる

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